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はてなブックマーク - Shin-Ski,DJ Ryow a.k.a smooth current Interview
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ShinSight Trio スペシャルインタビュー >>

お互いの切磋琢磨によって、より深い信頼関係が生まれるんです。
- Shin-Ski , DJ Ryow A.K.A Smooth Current -


宇田川のGuinness Records/tribeの実店舗の時代から、ずっと親しく交流させていただいてたクリエイター・DJのShin-SkiとDJ Ryow a.k.a smooth current。
HipHopを起点にジャンルを問わず、地に足着いた活躍をみせる二人と、ボストンの敏腕MCのInsightによるユニットShinSight Trioのニューアルバム「Moonlight Sunrise」が2011年9月21日にリリースとなった。
近頃はHipHopのフィールドを超えた活動を展開するShin-Ski、揺るぎないHipHopへの愛情と絶対的なスキルによりそのサウンドメイキング・DJに磨きをかけ続けるDJ Ryow a.k.a smooth currentの両氏に、今回のアルバムリリースを記念して色々とお話を伺いました。
お互い、気心知れた関係ということもあり、いつものように気さくに話しながらも、Shin-Skiのアメリカでの思い出、二人の出会い、nujbaesトリビュートイベントでのエピソードなど、普段はあまり語られることの無い貴重な話も色々と語っていただきました。



ShinSight Trio結成までの経緯 >>

tribe(以下T)—–アルバムリリースおめでとうございます。


Shin-Ski(以下S)
DJ Ryow a.k.a smooth current(以下R)
>> ありがとうございます。


T—–前回のアルバムが昨年の2010年にリリースされて、割と早いペースですよね。


S>> ペースアップしようというのもありつつ、前のアルバムの続編として作ろうと思って、まあ実際はそうはなからなかったんだけど、、良い流れで制作モードに入れたので自然と形になっていきました。


T—–いつも自然な流れでアルバムのプロジェクトがスタートする感じですよね?


S>> 今回は最初にInsight(ShinSight TrioのMC)が色々とリリックや素材を送ってきて「今回は珍しくやる気やん!」と思って(笑)、それをきっかけに始まったという感じです。


T—–InsightはShin-Skiさんがボストンに住んでたときからの知り合いですよね?


S>> そうそう、元々一緒にやってたDJ Realの紹介で知り合って、それからの付き合いになりますね。


T—–元々はお二人は個々で、作品を作ったり、DJされたりとずっと活動されていたわけですが、Shin-Skiさん、Ryowさん、Insightの三人でこのShinSight Trioとして活動するようになった経緯は?


S>> 最初、Insightと色々なプロジェクトを一緒にやっていたんですけど、その頃はまだ単発のものだったんですが、ガッツリと二人で一枚のアルバムを作るみたいなことをまだやっていなかったので、「じゃあ何かやってみようか!」と僕とInsightの間で盛り上がって、それで更にDJが必要だという話になって、もうこれはRyow君しかいないと思って勝手に入れちゃったんです(笑)。


T—–勝手に入れた!?(笑)


S>> あとで報告した感じ(笑)


R>> Shin-Skiが「ShinSight Trioっていうのをやろうって思ってんねん」っていうから、「あーそうなんだ、面白そうだね」って話したら、「いやいやRyow兄もメンバー入ってるで」って言われて「えっ?そうなの?それ何?」みたいな感じで。「ShinSight Duoやったら何かおかしいやろ、やっぱTrioやと思うねん。だから入っとるで」って言われて、、(笑)。そんなザックリ誘われたのも初めてでしたね(笑)。


S>> Insightとも「DJが必要だよね」っていう話になって「じゃあRyow君にしよう!、、というか、Ryow君にするから」っていう感じで。


R>> 既にInsightとは彼の作品「Good Mornig」をRemixしたり、彼の日本ツアーの時にDJやったりで面識はあったので。


S>> まあ面識もあって、、適任というかこの人しかおらへんやろということで。


R>> Shin-Skiは元々ElectricとかTime Machineにトラック提供してて、僕はそうとは知らず、Time Machineのアルバム聴いて「このトラックかっこいいよね」って話たら「これオレやねん」って言われて大爆笑でしたね(笑)。


T—–元々、Time MachineやElectricは当時(2000年初頭あたりから)日本、特に宇田川辺りでは話題になっていて、まさかそこに日本人が絡んでいるなんて想像もしていなかったですよね。


S>> 向こう(=US)では全然そんなこと無かったけど(笑)


T—–え?、向こうではどういう感じだったんですか?


S>> 向こうではローカルなヒップホップグループとして活動しているという感じかな。


T—–なるほど。でも当時そういうギャップってありましたよね。来日イベントで日本に来たら、、、ものすごい人気でライブで凄い反応が返ってきてアーティストがビックリしているみたいな光景はよくありましたよね。


R>> 現地のアメリカで凄く流行っているのに、、他の国に行ったらそうでも無かったみたいな話は良く聞くけど、逆のパターンもあるんだなと思った(笑)。


T—–面白い現象ですよね。その頃から日本ならではのアンダーグラウンドなヒップホップの捉え方みたいなものが定着してきた感じはありましたよね。それでShin-Skiさんはそういった活動を経て日本に帰ってきて現在に至るわけですが、InsightはUSではどういった立ち位置のMCなんですか?


S>> 僕が出会ったときはもう彼はベテランMCという感じだったね。一番最初に出したのは1998年とかだったと思うから。ラップが上手いというプロップスもしっかりあったし。


T—–なるほど。ちょっと伺いたいのですが、当時USでのShin-Skiの周りのアンダーグラウンドなアーティスト達はどういった環境で作品を作ってたんですか??


S>> 家の一室を改造して、防音とか無くて「自称スタジオ」みたいな感じ。ラッパーの連中はそういう機材が揃ってるような家に行ってそこでグダグタしてるみたいな感じで。そういった最中に誰かが来てレコーディングするからってなると「じゃあ俺も入れてよ」みたいなノリでしたね。


T—–だけど、そういったノリのものがしっかりレコードとしてリリースされたりするんですよね。


S>> そうそう。みんな最初は自主で出すの。


T—–なるほど。現在はインターネットや機材の状況も発展してきているので、ローカルなコミュニティーから作品を発信するという面ではアメリカと日本とでは差は無いと?


S>> 無いと思う。ただ当時はアメリカはリリースし易かったというのはあるよね。日本は当時はリリースするのに金銭的に自己負担が大きかったり、、USは「ウチで何枚やるから費用は折半で」みたいなユルいディールでみんなレコードが作れた。


T—–本当にあの頃は(2000年代中〜後期)アナログレコードが雨と霰のようにリリースされてましたよね。でもそういうローカルなものでもしっかり作品として色々とリリースされていましたよね。


アルバム起用アーティストに関して >>

T—–今回のアルバムは多彩なゲスト陣を起用しているそうですが、何かそういったコンセプトがあったのですか?


S>> そうですね「ユニバーサル」というのが大きなテーマでございます(笑)。これに関しては色々なインタビューで話しているのでそこで読んでください(笑)


T—–(笑)。今回はトラックをShin-Skiさんが制作して、色々とフィーチャリングアーティストを起用していますがそれはどういったいきさつで?


S>> SonduとSayLoveは個人的に参加して欲しくて、Insightにそれを伝えて彼がどの曲でどうやるかを構成を考えてくれた。ヨーロッパ勢のMoby Deeと、Geronimo MCはInsightがヨーロッパを放浪していたときに知り合った連中でそれに関しては完全に彼主導で構成してて、アジア勢は普段から仲が良い連中で、尚かつかっこいいと思える人を集めたいなと思ってそれは自分で決めました。


二人の最初の出会い >>


T—–なるほど。そういう経緯での客演陣の参加ということですが、元々はShin-Skiさんがアメリカ住んでてそこでの繋がりが発端だったと思うのですが、そこから2003年ぐらいですかね?日本に戻ってきてそれから具体的にはどんな活動内容でしたか?


S>> 日本に帰ってきてから色々と音楽の関係の仕事をしていましたね。うーん、別に何もしてなかったかな(笑)


R>> 何もしてなかったなぁ(笑)


T—–(笑)。それから音楽や現場を通じて、ギネスやtribeのクルーとかみんな友達になって色々とお店で話をするようになった感じですよね。Ryowさんはどういう経緯で最初は知り合ったんですか?


R>> 僕はまず一番最初に曲の依頼があって、向こう(US)のMartiangangっていうグループのリミックスをして欲しいってオファーがあったんです。あのInsightのトラックやってるヤツで~みたいな感じで言われて「ああなるほど!」ってなって。そのタイミングでちょうどShin-Skiが一時的に日本に来てて、僕がDJやっている現場に連れていくからって言われて。そうしたら彼がベロンベロンで来て(笑)。リミックス用のトラックを持っていって聴かせて、、まあそれは彼はほぼ覚えていないんですけど。


S>> 覚えてる、覚えてる!(笑)。でもあのときメッチャ飲んでたもん。


R>> もうベロンベロンで「もう分からん〜」みたいな状態で。でもトラックを聴かせて「ウォー超カッコええやん!」っていう感じでアメリカ人みたいなノリでしたね。それで「もう帰る〜っ!」って帰っていって、、あいつ何だったんだろう(笑)っていう感じで。。


T—–ははは(笑)。それが初対面なんですか?


R>> それが初対面です。なので割と初対面の印象は悪いっていう。


S>> うそうそうそ!!メッチャええはずやって!(笑)


R>> (笑)。そういう出会いがあってから、色々トラックの情報交換があったり、話したり飲みに行ったりすることが増えて、色々とやってるうちに、お互い自分の持ってない一面を持っていて「面白いな」と感じることが多くて、いつの間にかつるむようになってましたね。
ちょうどそのタイミングで、僕の頭の中に、自分たちでアナログを出そうっていう「GEMS EP」の構想があって、Shin-Skiに「トラックを提供してくれない?」って頼んだり、 逆に彼からも「Insightのリミックスやらない?」とか、お互い制作の共有みたいなのが始まって、その頃ぐらいからとても信用できる奴だなっていうのが分かってきたんです。それで、色々と一緒に行動したり、僕がその時にPleasure Productsを動かしてたりとか。そこでもほぼ面子として参加してもらったり、一緒にフィールドを共有しながら動くようになっていきました。Levitatorzもやってましたし。


T—–一緒にモノを作る作業が人と人とのコミュニケーションの間に入ると、ちょっと普通の関係とは違うディープな部分での意思の疎通が必要だと思うんです。お互いの世界観のキャッチボールというか、人によっては全然噛み合ないこともあるだろうし。でもそういうキャッチボールが上手くいっているということは、お二人のクリエイティビティのコンビネーションが絶妙なんでしょうね。


S>> 良い相互関係が築けてると思う。「ああ、Ryow君がこんなにかっこいいの作ってきたら、俺はもっとかっこいいの作って返す」っていうやりとりがあったから。曲を聴いて「こんなの作ってきたか!」みたいな。


R>> お互い「いつも悔しい!」みたいなね。こんなの作ったのか!じゃあまた差し替えようって言ったり。


S>> よくやってたね。お互いの仕上がり聴いて「もうあかんわ、やり直します」みたいな。


T—–それは本当に良い関係ですよね。音楽ならではの切磋琢磨でお互いを高め合えて、より絆も深まりますよね。


R>> そういう中で、良い意味でお互いが競争ばっかりしているみたいなところも無くなってきて、例えばLevitatorzやったときとか片方が調子悪いときは、今回は俺主導でやろうかってフォローし合ったり。


T—–それは本当に素晴らしい関係だと思います。お互いディープな部分をコミュニケートできてる仲間ならではのやりとりですよね。何かをクリエイトするときならではの醍醐味の一つですよね。その頃、お互い一番現場で飲んでた頃でよすね(笑)。黄金期っていう言い方もちょっと違いますけど。


R>> 泥酔期(笑)


(一同笑)


S>> FKがクダ巻く事件。たまにある。(笑)


R>> この間のPleasureでもなってたよね(笑)


T—–久々にFamily行ってハメ外してしまいましたね。。自分でもかなり反省したのでもうしません(笑)。でも一時期、来日ラッシュとか凄かったですよね。


R>> 凄かったですよね。


ギネスレコード/tribe(宇田川の実店舗時代)の思い出 >>


T—–この2000年代前半ぐらいからドメスティックな文化というか、アンダーグラウンドシーンでも日本人が日本人のためのものを造るというか、ヒップホップなどの海外のフォーマットをベースにしながらも、自己完結型のシーンが良くも悪くも重層化してきて、変な話、日本人ものを優先的に聴くみたいな人も増えてきてましたよね。そんな中、僕らは世界中のレコードをひたすらチェックして国内外の差別なくお店で展開してきました。そんな中、お二人にもギネス/tribeにはよく来てもらってレコードを買っていただいてました。あの頃凄い量のレコードをみんながチェックしてましたが、当時を振り返ってみてどうですか?


R>> 毎月、他のレコード屋さんで言うところの10万円分くらいの量を買ってましたよね。ギネスは値段が安いから6万円ぐらいしかいかないけど。


S>> 俺は伝説の「SSKボックス」(=Shin-Ski専用の取り置き箱)あったからね(笑)


R>> しかも最終的に回収できてないっていう(笑)。僕はあれを見て取り置きはしないって決めた(笑)。


T—–SSKボックス!あったなー(笑)。


S>> 友達とか勝手にSSKボックスから買ってたヤツもいた(笑)。


T—–まあでも、あの頃はレコード屋さんに来て、近況報告じゃないけど「最近どうしてるの?」みたいなコミュニケーションの場でしたよね。


S>> ギネス/tribeはそういうコミュニケーション取り易かったしね。お店に来たら長く居たし、いつも試聴機占領してた(笑)。


R>> 2時間レコード掘って、2時間喋るみたいな(笑)。


S>> 夜中行っても開いてたしな。


R>> 開いてない、開いてない(笑)。いつも夜中2時くらいにギネスに行くとか言って「ギネスってこんな時間まで開いてるの??」ってビックリされてたけど、正式には開いてないから(笑)。(海外とのやり取りで、時差などの関係で)夜にスタッフが仕事してて、開けてもらってただけだから(笑)。


S>> 渋谷とかで飲んでさー。「あー物足りないなー。寂しいなー。」って思ったらギネスに行って(笑)。


R>> ビールとか差し入れに持って持って行くノリでしょ(笑)


T—–よく話してましたよね。本当に懐かしいです(笑)。


音楽、HipHopとの出会い >>


T—–そんなギネスでの、みんなが和気藹々と話していた時代からもう少し時代を遡って話したいと思います。元々、お二人の音楽の目覚めというかHipHopを聴くようになった経緯などもお伺いしたいと思います。


S>> 僕は元々、中学校ぐらいからずっとバンドやってたから、それが音楽のきっかけだけどHipHopのきっかけはMTVかな?De La SoulとかA Tribe Called Questとかかかりまくってたし。あとはアメリカに行ってからかな。


T—–アメリカに行ったのはHipHopに直に触れるため?


S>> HipHopに触れるためというか、アメリカで音楽の学校に行ってたから。その中で改めて、文化的背景も含めたダンスミュージックに触れて。それまではいわゆるバンドでの活動だったから。


T—–じゃあ曲を作るための機材(MPC)は向こうで買った?


S>> そう。でも向こうに行ったときは最初はバンドで活動してたんだけど、メンバー間の人間関係があまりにも面倒で。


T—–人間関係?バンドの?


S>> そうそう。全員がエゴの固まりで(笑)


R>> 「音量上げろ。俺のパートの音を上げろ。」みたいな?(笑)


S>> そうそう(笑)。バンドって個々のエゴがぶつかって良いものができるのが良いバンドの形だと思うんだけど、ウチの場合はみんなが奇麗にすれ違ってた(笑)。


T—–メンバーは全員アメリカ人?


S>> そう。でも俺は日本人だからバンドの中でもちょっと立ち位置が特別な感じで、みんな俺に愚痴を言ってくる(笑)。あいつの音がデカいとか。まあ大体みんな誰々の楽器の音がデカいという文句を言ってくる(笑)。


(一同笑)



S>> そんな状況の中でダンスミュージックに触れたときに「これなら一人でできる!」って思って。それで学校にスタジオがあったから、いろんな機材を使い出した。全然分からなかったけど手探りで覚えていった感じです。


T—–すごく特殊な入り方ですよね。


S>> 同じ世代の中では珍しいだろうね。


T—–そういった海外での経験を経て、日本に帰国して逆に日本の状況に驚いたというか、戸惑った記憶はありますか?


S>> 一番びっくりしたのは、みんな本当にHipHopしか聞かないんだなって思った。


T—–なるほど。向こうはHipHopのアーティストでも、色んなジャンルを聞いてた?


S>> 自分の周りはそういう傾向が強かったかな?日本は海外以上にHipHop熱みたいなものが強いと感じました。


T—–それは面白い感想ですね。それから色々な活動を経て現在に至るという訳ですね。最近は色々なジャンルで活躍してますよね。


S>> そうそう。そういうのが自分の性に合ってる感じ。


T—–自然体なのが良いですよね。Ryowさんはどういった経緯で音楽に目覚めたのですか?Ryowさんも楽器を持ったのがきっかけだと聞きましたが?


R>> 僕は中学のときに、バンドをやってた兄の影響でギターを始めて、ひたすらメタリカやアンスラックスとかをコピーしてました。その頃からずっとスケートボードばっかりやってたので、当時はスケートのビデオでかかってる音楽がスーサイダルとかメタルが多くて、そんな中たまにかかるHipHopがとても新鮮で、っていう当時の典型的な流れでした。最初はバンドやって、スケボーやってBMXやってスノボやってっていう、そういう板もののカルチャーが好きで、もれなくハマっていきましたね。そこから友達がDJ機材を買ってきて、それを皆で触って「オモシロイ!」ってなって、あとはひたすらどっぷりです。


T—–なるほど。


R>> 最初はお金がないのでまず一台だけターンテーブルを買って。でも、何もできないみたいな(笑)。そのターンテーブルに友達にもらったオーディオテクニカのミキサーをつないで、もう一台は普通のCDプレーヤー(汗)、ピッチ合わせてつないで、終わったら一旦止めて〜みたいなことをやってました。


T—–凄いセットですね(笑)。


R>> それからサンプラー買って。サンプラー買えば曲が作れる!って思って、一番最初にSP1200を買った。地元の友達とで二台買って。「でもSP1200が二台あってもしょうがなくね?」ってなって(笑)。


(一同笑)


R>> しかも、英語のマニュアルしかないんですよ。それを必死で訳して。やっと訳せたらと思ったら「犬を可愛がりましょう」とか「紅茶を飲みましょう」とか書いてあって、「なに言ってんだコイツ??」って訳が分からなくて(笑)。実はその部分はSP1200はとてもチープな機材なので、データを読み出すのにとても時間がかかるんです。その待ち時間を楽しく過ごしましょうみたいなアメリカンジョーク的な文章が書いてあったんですね。それを一生懸命訳してた(笑)。


(一同笑)


T—–その頃って90年代の空前絶後のHipHop大ブームですよね?


R>> いや、まだブームは来てませんでした。だからDJの機材を売ってるお店が全く無いんですよ。


T—–でもよくそんな時期にSP1200を手に入れられましたよね?


R>> たまたま行ったリサイクルショップで売ってたんですよ。しかも新品未使用みたいなものが。別にSP1200が欲しくて決め打ちした訳ではなくて「なんだ、これがサンプラーっていうのか。じゃあ買ってみよう」って買って。確かにSP1200とAKAI S950で曲を作るっていうのは本で読んで知ってたけども、特にSP1200が欲しくて買ったっていう訳ではなかったんですよ。買ってはみたものの、全然長い時間サンプリングできないし(笑)。


T—–それが徐々に使いこなすようになって来たわけですよね。今でもそのSP1200は使ってるんですか?


R>> 今でも使ってます。重宝してますよ。最初はかなり苦労しましたけど(笑)。


nujabes追悼イベントにて >>


T—–そういう経緯もあって、曲作り、DJと今まで本当に色々な現場を経験されてきたと思うのですが、まあ本当に、、色々と、、見てこられたと思うのですが(笑)、そういうRyowさんの経験値の高さを思い知らされたのが2010年8/14,15のnujabes追悼イベントだったんです。やっぱり現場っていうのは実は裏側では色んなハプニングが続出してるんですよ、突然曲順が変わるとか。それを何事も無かったかのようにどんどんさばいて行く様子を見てて、そういった裏側のスキルも見てもやはり凄いなと思いました。


R>>Apaniがなかなか出てこないとか(笑)、そしたらSubstantial!って言ったらトイレに行っててまだ来れないって。じゃあとりあえずPase!って呼んだらまだ準備出来てないって(笑)。


(一同笑)


T—–見ている方はそういう状況は微塵も感じなかったですけどね(笑)。後で聞いてビックリしました。


S>> Ryow君は本当に、そういう場面には強い。


R>> お客さんにそれは感じさせてはいけないというか、お客さんは純粋に楽しみにして見に来てるワケだから、こちら側はしっかり楽しんでもらう為にフォローして、「楽しかった!」って満足してかええってもらいたいですよね。


T—–本当にそうですよね。実はイベントって何事も無かったかのように進行することがいかに奇跡的な事なのかっていうのは見てる側は分かりませんよね。Ryowさん的に今まで印象的だったキツかった現場ってありますか?(笑)


R>> キツかった現場?うーん、でもこの前のhydeoutの追悼イベントが一番キツかったかもですね。体的には(笑)


(一同笑)


R>> いや、みんな本当に熱が入ってて、前の日、nujabesのスタジオでリハーサルやったじゃないですか?だからお客さんは土曜からだけど、僕らは金曜から始まってましたよね。


T—–そうですよね。


R>> あの日は金曜の昼にスタジオ入って夜中の2時くらいまで14時間リハーサルやって。最初に、午前の便で着いたFunky DLとPase、Fat Jon、Cise Starが来て、終わったら今度は午後のフライトだったSubstantialとApaniが入れ替わりで来るから、、DJ Top Billと二人でマイク持って「Who’s Next??」 しか言ってなかった、次は誰だって(笑)。


(一同笑)


R>> MC達は帰って「明日ガンバルぞ!」で金曜は終わりなんだけど、こちらは帰ってから曲の構成を仕込まないといけなくて。しかも曲のデータはリハでないともらえないから、そこから土曜の昼までにデータをまとめてたらもう出る時間で、急いでUnitに入るっていう感じでしたね(笑)それで土曜日夜通しでイベントやって朝帰って、日曜はお昼からのデイイベントという(泣)全然寝れなくて、ユンケルばっかり飲んでました(笑)。


T—–でもあの日は見てる側も、やっている側も、もの凄いテンションでしたよね。見ているお客さんも色々な思いを持っていたから。僕もメインフロアで少しDJしましたが、皆さんの視線の強さみたいなものを凄く感じました。ああいう状況の中で的確に進行していくRyowさんとTop Billさんを見て凄いなと思いました。


R>> あの日は本当に「やってやろう!」「ちゃんとイベントを作ろう」っていう気持ちは強かったですよね。土曜日もnujabesの追悼プレイをしようと思って臨んだんですけど、一曲目かけた瞬間にフロアから千本くらい手が挙がって、歓声で音が全然拾えないっていう(笑)。それぐらい盛り上がって凄い熱気でしたよね。


T—–本当に凄かったですよね。まあ、お互いそういった様々な経験を経て、今の音楽性や活動に繋がっているのだなと改めて思いました。


R>> Shin-Skiは本当に色々な音楽を聞いてて、それがうらやましく思うし、僕は逆に凄く突っ込んでニッチにHipHopを聞いてるところがあるからそれがShin-Skiには新鮮だったり。


S>> 羨ましく思いますね。


T—–そういう部分はShinSight Trioの音を聞いてもよく分かりますよね。シンセを随所に織り交ぜてあったり、ドラムのパターンがサンプリングだけでなく多彩にアレンジされていたり。HipHopを大前提にしながらも様々な音楽性が広がっているのを感じます。


今後の活動に関して >>


それでは最後に今後のお二人の活動に関して伺ってみたいと思います。


S>> ライブをいっぱいします!


T—–ライブ?個々で?


S>> いや二人で。ShinSight TrioってなるとInsightは海の向こうなんで、常に三人でっていうのは難しいけども、二人でも凄く良いパフォーマンスがやれる自信があるから。


R>> 最近は個々の活動が多かったので、二人でやってなかったのでちゃんとセットを組んで二人でしっかりやろうと準備をしています。


S,R>>まずそれをやる感じですね。


T—–楽しみにしています!


R>> あと、それとギネス/tribeのお店を復活!!


S>> それは多いに思う!


T—–確かに、みんなが集まれる場所はあると良いですよね。出来た曲を聴かせ合うにしても、やっぱりメールではちょっと寂しいですよね。みんなでお店のスピーカーで曲を聞くみたいな環境があれば楽しいですよね。


R>> じゃあ宜しくお願いします(笑)。


S>> 復活に向けて(笑)


T—–分かりました、頑張ります(笑)。ではではインタビュー、ここらへんでお開きということで。今日は本当にありがとうございました。


S,R>> ありがとうございました。

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ShinSight trio

Moonlight Sunrise / ShinSight Trio

ユニバーサルなゲスト陣と、より多彩な広がりをみせるサウンドメイキングが展開されるShinSight Trioの3rdアルバム。

  • 品番 : TECI22664
  • 価格 : ¥2,400(税込)
  • フォーマット : CD Album
  • 発売日 : 2010年9月21日
  • レーベル : Imperial Records


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